穂の国ハーフマラソンの申し込みが11月30日午前10時から始まるようで、いつも利用しているスポーツクラブで優待出申し込みの抽選が始まっていいたので申し込んで来ましたが多分ハズレでしょうし、仕事などの諸事情で帰宅後申し込みをしようと思っていたが、すでに定員に達し申し込み終了となって出場出来ないよ~っと言う羽目になりそうです。
何時ごろからか、豊橋で「穂の国」と付ける事がブーム?なようで、「穂の国百貨店」 「穂の国ハーフマラソン」などや、駅の改札口を出た所には「ようこそ穂の国豊橋へ」などと書かれていた様な木もします。
しばらく前までこの「穂の国」について何となく、田舎だし、第一次産業がメインで頑張っている感を出すために(稲作やっているよ!的に)豊橋=稲作のイメージをアピールしているものだと思っていましたが、どうも違うそうで・・・。
新聞やニュースで石巻町の馬越長火塚古墳群が国の史跡に指定される見込みとなり、比較的近くに県下最大級の前方後円墳が有る事を始めて知り、6世紀豊川流域に「穂国」が存在しその時代の有力者の古墳だそうで「穂の国」の所説はここら辺が始まりなのか?・・・、すこし興味が湧いたので見学に行って来ました。
案内看板も無く少し迷いましたが、柿畑の中の細い道を走って行くと。
前方後円墳が有りました。
お隣の権現山古墳にも足を延ばし、ロードバイクに乗って行けない道でしたので、シクロクロスの様に担いで
この様な階段を登り
権限山には戦時中、豊川の軍事工場を守るための砲台が建設される予定だったそうで、今は木々で眼下の景色は見えませんでしたが、ここから豊川流域の広大な稲作風景が6世紀当時は見る事が出来だろうと想像し、「穂国」 「穂の国」を多少ながらも感じる事が出来ました。
穂の国のイメージキャラクターって・・・ゆるキャラでは無さそうですね。
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